12月31日(火)大晦日
昨夜お正月飾り、洗車や周辺掃除を終えてカウントダウンを待つばかり。今年1年お世話になりました。日本経済新聞春秋、きのうの新聞各紙は、今年の主だった内外のニュースや、この一年に亡くなった著名人を回顧する記事で埋まっていた。いよいよ押し詰まり、街角は買い物客でにぎわう。せわしさと一抹の感傷が入り交じる。私たちは、歳末の心模様を俳句という短詩で表現してきた。松尾芭蕉の句を参照しつつ、行く年をふり返ってみたい。「分別の底たたきけり年の昏」。かつて年末は金銭の貸借にけじめをつける時だった。「分別」とは物事の善悪、損得などを考える常識。分別の容器の底が抜けるほどやり繰りに窮する様を自省したのか。翻って、膨張したり国の来年度予算案に分別はあるのだろうかと。
1月から1年、我が家のニュースなど振り返ってみる。1位は1月に祖母の葬儀告別式と12月の1周忌。2位は、息子が、「PIC Summit Europe 2024」でオランダへ(10月)。3位は、ゼンリンミュージアム見学と6週連続で視察など。それにしても1年が早い。今年も多くの出会いと別れがあり、感謝だ。春には「先祝へ梅を心の冬籠り」の句が紹介されていた。これは、松尾芭蕉44歳(貞亨4年)に『野ざらし紀行』の旅の途次杜国を訪ねて、流罪中の杜國につかえた家僕の権七に宛てたとされている。主人に忠実に仕えている権七に「冬来たりなば春遠からじ」と激励したことになる句。春が来れば他の花に先駆けて咲く梅を心に秘めて、今は厳しい冬に堪えつつじっと冬籠りしている。しかし春はもうすぐだ。来るべき春を今からまず祝うがよい。というもの。これを引用して今年元旦の地震災害から奥能登の被災者の境遇が思い浮かぶと俳聖の詩魂を分かち合いたい年の暮れと結んでいる。2年ぶりにお正月飾りを行い新たな年へ期待を込めたい。