9月10日(木)備えあれば

 天気予報では午後から雨だったが、台風18号から変わった低気圧の影響で、宮城県内でも南部を中心に強い雨が降り続き、丸森町筆甫で48時間に降った雨の量が、9月としては観測史上最も多くなるなど記録的な雨になったという。オイスターフェスティバルの件で宮城県東部地方振興事務所、ブランドカキの件で水産漁港部で終えた時には予報に反して雨となった。石巻観光協会や市役所、復興支援ネットワークをまわる。何に付けても備えあればだ。ラジオから『気象台は、土砂災害や河川の氾濫、それに低い土地の浸水に警戒するように』と呼びかけていた。
 さて、観光協会で『六文銭の魂 石巻にも』の話へ、『西光寺に真田幸村の末裔「真田幸歓」の『旧仙台藩参政真田君頌徳碑』が建立。真田家先祖は真田左衛門之佐幸村公の次男守信。元和元(1615)年5月、大坂城落城(大坂夏の陣)の際に、幸村の遺児・阿梅は伊達家屋敷に、また、当時4歳の大八は伊達政宗家臣である片倉小十郎景綱の庇護のもとに養育、名を片倉久米介と改める。後、幕府から許しあり、片倉氏から再び真田氏を名乗る。真田家は代々仙台藩に仕え、幸歓で9代目。別名を喜平太。参事として禄高300石の武士。幸歓は西洋砲術を学び、戊辰役の際、軍事参政として参戦。会津軍を撃退し軍功。仙台藩降伏、版籍奉還と郡県制を主張するも藩内では受け入れられず、門脇西光寺の傍に隠遁。晩年は和歌、漢詩などに親しむ。』(出典:『石巻の歴史』第10巻/近・現代/資料編4(石巻市史編纂委員会)→「旧仙台藩参政真田君墓誌銘」、『真田幸村子孫の戊辰戦争』~真田兵喜平太の生涯~)。
 なんと歴史の宝庫、先人達の備えに心から感謝感謝。尚、災害が起こりませんように。

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